
しかしその後,今年になってテニスやっててもボールの遠近感がつかめず,「こりゃあかんワ」。
チャリンコで歩道と車道の段差がわからずガックン−「なんだ!? コレ」。階段では「オットット! 」。ぉエライさんが目の前にいても向こうから声かけられるまで気付かず,「だめだ,こりゃ」。
暗くなるとなお見にくくなるので門限は日没。仕事途中でも「オッ暗くなってきた,帰ろ帰ろ」,「良家の箱入り息子か? 」
ヨット乗ってて皆が何か遠くを見て話している時も「なんのこと? 」,双眼鏡で覗いて「アァあれか〜」。で,いつも双眼鏡が手離せず。(山本五十六元帥だって映画や写真でいつも双眼鏡持ってるけど山本さんも白内障? ) 「左眼が悪いのか」と卑怯なテニス相手がバックに球を集めてくるし・・・(でも,これは誤解です。弱いのは正面の球なんョ,遠近感がないから)
車の運転も極力控えました。パソコン便利屋で岡崎のご悪友宅を訪ねた時は「帰りは4時半にはここを出んと。暗ぅなるから」,「トリ目か? ゥンわかった,帰れ帰れ」と言いながらも放してくれず・・・。他に送り迎え付きのパソコン便利屋出張も何件か・・・。
6月末に常滑の鬼崎ハーバーまで愚息のバイクを借りて走りました。翌日,大学でご悪友にこの話をしていると,「オィオィ大丈夫か,視力検査やったる」。すると,左=0.05,右=0.3。「ゲッ! 単純プラスで免許条件の半分? 軽四かゼロ半バイクしか乗れんなぁ」。「そんな計算ないョ。もぅ待ったなしやネ」。
入院前日のぉ昼休みテニス後,ぉベント仲間との会話:「手術失敗して失明したら今日が最後のテニスになるかもネ」。 「い〜や,そん時は白いラケットに心眼で打つッ,丹下左膳から座頭市になるだけョ」。 入院前夜,ご悪友夫人と電話で会話:「明日手術? がんばってネ」,「オレが何をどうがんばんねん。がんばれョは医者と看護婦に言ってくれ」,「いゃ,おとなしくしてることをがんばって」。 |
うるせぇナァ,けど楽しかったぉバァちゃん同室に80才くらいのぉジィがいましたが,付き添いの奥さんと思ったのは妹さんでした。 大きな声のにゃごや弁でよくしゃべり,うるさかったのですが適当な退屈しのぎになりました。ご高齢のうえあのしゃべくりまくりでは長く持つわけないから交代要員に孫娘が来てくれんかナの期待は外れ,おとなしめのぉバァちゃんが助っ人に来ただけでした。 [ しゃべくりまくりぉバァとの会話 ] 「この部屋のクーラーうるさいねぇ」。ぉジィが返事をしないので,「ゆんべ良く眠れました? 」と小生に振ってきました。「うん,ぼかぁどこでも寝れるもんで」,「わたしもそうなんだけどネ,ここはいかんワ」,「そりゃまだ修行が足りん」。二人でガッハッハ,ぉジィは聞こえてないようで「? 」。 食事の時,「昨日の煮魚,まずかったねぇ」。ぉジィの応答はなく,小生に「ネッ,まずかったでしょ」と同意を求めてきました。「いやぁあの量じゃうまいのまずいの言っておれませんョ。汁まで舐めたいくらい」,「アッそうかね」,「ゥンこれじゃ3日が限度ですネ。4日目には脱走ですワ」,ガッハッハ。ぉジィは黙々と食べていました。 兄貴ぉジィが退院の時,妹ぉバァは「川浪さん,お世話になりましたね。お元気で」と至近距離からバカでかい声で挨拶して出ていきました。(世話なんかなんにもしてへんけど・・・ いつまでも元気で長生きしてナ,しゃべくりぉバァちゃん) |
近視が矯正されたうえ医療保険でおつりがくるしダイエットもできて,ということありません。特に近視の方は白内障と言われたらぉ早めの手術をお勧めします。(知田クン,鈴木トシクンみたいにレーシックに大枚40万もかけるより白内障になるのを待ってたほうがえぇデ)
連休明けの職場復帰を笑顔で迎えてくれたご悪友が,「オィ,少しやせたんやない? 」。「がんじゃないデ,入院したのはガン科やけど」。 手術から10日目,ヨットに行くと仲間が声をかけてきました。「ヨゥ我慢できなくなったかぁ」,「ゥン,ムショ暮らし3日に謹慎生活1週間やからねぇ,たまらんワ」。「ちょっと色白くなったナ」,「インテリ風に見えるデ」,「ゥン,元々賢こそうな顔やからネ」。中部新空港="せんとりゃぁ"の全景がクッキリ見え,間近で見るジャンボの離発着はド迫力でした。 ア〜ぉメメがよく見えるってのはいぃナ〜
2週間目,蒲郡・ラグーナマリーナと海陽ヨットハーバーで開催されたスナイプ級世界選手権ヨットレースで観覧艇のドライバーにかり出されました。("天下のトヨタ自動車"がパワーボートを何杯でも提供するけど運転手が不足ということで)
3日間,小生の艇には国内トップクラス選手の親父さんとかご両親,日焼けが恐怖のぉネェさんからガキ連れのお母さまグループ,それに真珠湾とミッドウェー出撃の零戦乗りジッさまもいるジィバァのカメラ仲間までと実に多彩,連日入れ替わりのぉ客さんで大いに盛り上がりました。(零戦生き残りジッさま下船の際は敬礼でぉ見送りいたしました)
朝6時とか6時半にはぉ迎えバスが宿舎に来て,昼メシは朝メシバイキングの残りを各自確保してボート上で,というハードスケジュールでしたが,波を蹴立てて海上暴走もヨットでは味わえない楽しさでした。しかし,宿舎で水中メガネつけて風呂に入ってると回りから不審そぅな視線が・・・「いゃ,半月前にぉメメの手術やったもんで」とあわてて言い訳。 また,パーティも連チャンとなると・・・毎晩肉をバカスカ喰って大騒ぎする外人選手にはついていけません。ウチへ帰ってソーメンとぉ茶漬け食べて ア〜生き返った〜 3週間目には知多市新舞子沖合いでウィンドサーフィンの全国大会:伊勢湾カップ-2005が開催され,例年のごとく"美州"は本部艇としてチャーターされました。ところが,会場に向かう途中エンジントラブル発生。セールを張ったもののほとんど無風状態・・・ いたしかたなく陸上本部に救難要請のSOS−「こちら美州,機関故障のため漂流中」(全国から集まった選手や役員,新聞社の取材ヘリも来るのに"今日はレースやれないょ,ごめんね"じゃすまないもんなぁ)。すぐ迎えにきた運営艇に曳航された後,予備部品で応急修理してなんとか復帰しましたが,油臭い狭苦しい所で汗だくになっての原因究明・修理に相棒が「気持ち悪くなってきた」,「オィオィそんなこと言っておれんやろぅ,このままじゃハーバーに帰ることもできんデ」。きつくなった老眼でのエンジン修理作業はかなり辛いものがありました。(ヨットにも老眼鏡がいるなぁ,百均で買ってこ〜) このところ「メガネは?」とか「コンタクトにかえたんか」とよく尋ねられます。「いゃぁ今年の夏ずっと外で遊び呆けてたもんでサ,近眼なんて仕事も勉強もせんかったらひとりで治るョ」と答えていますが,素直に信じておられる方だっているかも・・・
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ぉメメの修理1セット ぉ代は締めて10万5千円也昨年,ご悪友宅に(パソコン便利屋で)ご招待された時のこと, そのウチの飼ぃ犬が,元気がなく目が白くなっているので,「なんや? これ」。 「白内障でもぅ見えてないんョ。手術すれば治るけど片目50万円やて」。「両目で100万かぁ,そいで? 」,「ちょっとねぇ,医者も"年だからこのまま大事にしてやったら"って言うし・・・」 その後半年ほどでその老愛犬はお亡くなりになりました。 昔は人間サマもぉ犬サマも白内障なんかなる前に寿命が尽きていたのかもしれません。 そう考えると,"人生五十年"というのは適当なとこなのかも・・・ しかし,今時それじゃ孫の顔どころか子供を大学にやることも・・・ 因みに,人間サマのぉメメ手術費用は両方で\104,720円でした。 クリアなぉメメを取り戻すには安いかも。ついでに濁った心もぉ脳もクリアになったような気が・・・ |