'96
1.恒例の伊勢湾クルージングが、例年より3週間ほど早く、’96年10月4日から6日にかけ行なわれた。例年になく天候に恵まれたクルージングとなり、しかも今年は「美州」の他に蒲郡から僚艇「朝風」との揃い踏みとなった。
例年より早くなったとは言え、「女心と秋の空」(あっ!こういう用例は女性差別用語とされるのかな?)のように、変わりやすい天気で、あの悪夢の再現も予想される中、やはりあのおいしい牡蛎の魅力には勝てず、懲りない面々がまたぞろ集まってきた。参加者は次のとおりである。
まずは「美州」から。
最近ジムに通いシェイプアップに心がけ、自前の「脂肪製」ウエットスーツがないなどと、無用の心配をしながら出帆前の準備として海中に潜るペラ(スクリュー)磨きの名人”船大工”水野
最近は妻子から見捨てられ、公務の一環と居直り、市立大学のインターネットの猥褻画像の解像度を上げることに精を出す”インターネット”川浪(ゼロハン・バイクを捨てたため”月光仮面”改メ)
毎年、今年こそは人数分の魚を釣ろうと固い決意の”太公望”深谷(北区内総選挙投票所設営など選挙準備でやや疲れ気味。余り期待しないほうが・・・)
料理と魚については一家言あり、釣り竿と包丁さばきに冴えを見せる交通局地下鉄人”シェフ”西田
今回は、乗船前から入れ込んでいる、毎回地獄の苦しみの原因を作っている”必殺料理人”小島。以上5人。
さて次は「朝風」のメンバーについても、補足的に紹介すると
4級免許を取得してからは、加山雄三になりきり手ぬぐい鉢巻きで舵を握るが、ついこの前までは毎回船酔いに苦しんだ”撒き餌の達人”改め”イカサマ雄三”こと渡辺
実はもう中年の域なのに万年青年風、年令不詳の”藤巻潤の弟”こと間
酒には弱いが船には強い、黙っている横顔がどこかジャッキー・チェン似の、ヨット部”カントク”堀田
さて、最後に控えしは、以前はポケベル、今は携帯電話で奥さんから監視されている、ヨット部総務、体重計恐怖症で、電車の座席の幅を余分に取る”セキトリー”鈴木
以上4人。合計9人。あっ!そうそう、もう一人、出帆前の宴会だけに出た人がいた。声がやたら大きい(顔も大きいが・・・)人で、毎回深谷”太公望”の「まぁ、ええがねぇ。明日は明日の風が吹くでよ〜。もういっぴゃ呑みゃせ。」の甘い言葉にのって、翌日の地獄の海に酔うことになる、あの人。そう、毎回、深谷ペースに巻き込まれまいと固い固い”決意の達人”吉岡。
2.10月4日(金) <午後出帆前準備、夕方集合>
休暇をとった水野、小島が、水・軽油の補給、プロパンガスの充填、食料・医薬品(胃腸消毒用アルコールとしてのビール・ウィスキー)の買い出しを担当した。小島が一人で酒屋で缶ビールのケースを買った帰り、その恐怖のドラマは始まっていた。既に辺りは暗くなっていたが、ただ日が暮れたのではなく、雨雲が迫っており、何やらピカピカと光り出したかと思う間もなく、土砂降りとなった。一旦、雨宿りをしたが、とても止みそうにもないので、強行突破することにした。もし雷が落ちても近くのヨットのマストに違いないと固く信じ、雷と土砂降りの中、ずぶ濡れになりながら、近道をすべく港内をボートで横切って、何とか「美州」にたどり着いた。
さて、ビールの段ボール箱は濡れて、積み込むときに箱が破れ、中の缶ビールがバラバラと落ちてきた。「あっ!缶ビールが海に!!」、「缶ビールは海水中では浮くのかな、アルコールの比重と海水の比重はそれぞれ・・」などと言っている場合ではない。あんなに苦労して運んだ缶ビール。ここで魚の晩酌にさせまいぞ。魚こそ晩酌に付くものだ! びしょ濡れになっても死んでもビールは放しませんでした。
さて、「美州」の出帆前宴会のメニューは、例年、おでん鍋に何かつまみを3、4品作ることにしていた。一通り準備さえしておけば、後は参加者がバラバラに到着しても、その度にネタを追加するだけですむので、おでんが一番便利。船内も暖かくなるし、煮込めば味も良くなる。しかも、なにより料理人が酒を呑むことに専念できる。
しかし、今年は、みそ味のちゃんこ鍋をメインに、タコのピリ辛いため、チンジャオロースー、クリームチーズ・クラッカーなど。本来なら、太公望深谷の釣った魚があるといいのだが無理な注文であることは明白である。出帆準備完了後始まった宴会は、順次参加者の到着に従い、宴は益々盛り上がっていった。夕方のあの物凄い雷雨はウソのようにやみ、局地的だったらしく、あとから到着した参加者は何があったか想像すらできなかったようだ。秋の夜長、宴は続く。
用意したビールも予定をオーバーし、翌日分にも手を付けるなど、いよいよ”俺たちには明日がない状態”になるのが、いつものパターンであるが、人間は偉大なもので、学習能力があるので同じ失敗はしないものである。しかし、マーフィー流の法則に当てはめると、人間とは不思議なもので、同じ失敗を期待どおり犯すものである。でも、紳士の集まりなのか、それとも酒に弱くなったのか、皆いつもより早く寝た。
今年は、早瀬前部長が参加しなかったのが幸いして、安らかな眠りを迎えることができた。何しろ、あの”川口浩探検隊”も発見し得なかった今世紀最大の”早瀬部長の恐怖のいびき”は、まさに拷問であった。この騒音防止条例を無視した嵐のようないびきは、法を遵守すべき公務員にあるまじき行為であったが、無いと妙に物足りなさも感じるのは、私一人であろうか(誰もいない!と影の声が聞こえるようだ)。
3.10月5日(土) <鳥羽に向け伊勢湾縦断>
それは、静かな朝であった。
朝食は、バターロールパンとコーヒー、スープ。
例年なら海苔そだが沖まで海面を覆っているはずであるが、今年はまだ時期が早いせいか、少なかった。天気は曇り、やや風あり。伊勢湾の中央を走る本船航路を横切る頃は、風も強く波も出てきた。アビームの風(横風)で、帆走としては楽な風なので、鳥羽までの航海は、順調であった。さっそく、昨夜の宴会の続きを船上で始めることにした。
約4時間ほどで、鳥羽の入り口である桃取水道に入り、蒲郡から三河湾、伊良湖沖、神島というコースをたどる「朝風」を待つことにした。島影に入り、さっそく釣り糸を垂れることにした。太公望深谷は、いきなりキスを釣り上げ、大騒ぎ。キス、ベラなどが30匹ほどであった。ただ、時々大物の手応えがあり、強い引きがあって、タモを用意すると、プッツンと糸を切られる。きっとタイに違いないと、”太公望”は断言するが、残念ながら姿は見ていない(糸の切れ方からするとフグという説あり)。
釣り逃した魚を実際以上に大物とするのは、釣り人の悪い癖である。そういう連中と話すときには、彼らの両手を縛れとも言う。なぜなら、話すたびに両手の間隔が大きくなるからである。
「朝風」と鳥羽イルカ島南で合流後、一路、目的地である本浦へ向った。途中、機走しながら昼食にした。昼食は、「美州」は海老たっぷりのエビピラフとマッシュポテトのサラダ。ちなみに並走していた「朝風」を覗いてみたら、カップラーメン。 『料理人急募、委細面談:朝風』と船体にビラが貼ってあった?
やはり、時期が早いせいか、例年どおりなら所狭しと海面を覆うカキいかだも少なく、スムーズに本浦に着いた。定宿の民宿「銀鱗」の桟橋に着くや否や、太公望深谷は、さっそく糸を垂れた。柳の下のドジョウ、いや、いかだの下のキスねらいといくかどうか。
「朝風」の接岸は、やや危なっかしかった。”イカサマ雄三”のモーターボート感覚の着艇に、みんなハラハラドキドキ。風も無いので、周りの状況をよく見て、ゆっくりと惰力を利用してほしかった。『船舶操縦士急募、委細面談:朝風』のビラは必要ないか。あとは慣れのみなのだが。もっとも慣れるまで「朝風」が浮いているかどうかは確信が持てないが・・・
さて、96年の正月にオープンした「銀鱗・新館」は、旧館の奥の山上に和風の立派な旅館に変わり、露天風呂もある立派な風呂に入れてもらった。
以前、「中日スポーツ」に「料理旅館銀鱗 新館オープン」という広告を見た。「客室は全部で7室だけ。露天風呂のある特別室を始め、安らぎとゆとりを大切にした間取り。海鮮炭火焼き料理をお楽しみください。」やり手の主人だから、いつかは大きくするだろうとは思っていたが、昔の民宿「銀鱗」というのも、いい味があったけど、これも時代の流れ、消費者のニーズとやらか。でも、おばさんの人なっこい笑顔はいつもどおりだった。
銀鱗には、刺身盛り合わせ、殻付カキ、むきカキをたのみ、てんぷら用の魚は深谷”太公望”に任せた(結果は皆さんの想像どおり)。
今夜のメニューは、刺身、カキフライ(どこかの食堂のように衣がやけに厚いものとは違う)、殻付カキのむし焼き、釣った魚のてんぷら、野菜のかき揚げ、かぼちゃの素揚げ、カキと厚揚げと茸のオイスターソース炒め、カキ雑炊、サラダなどであった。この他に、予定では煮魚もあったが、それ用の魚は釣れなかった。もっとも、”必殺料理人”の予定表にも、「煮魚(釣れた場合)」と表記してあったが・・・
今年は、風も穏やかで、星が降るように輝き、まさに船上パーティーには絶好のスチュエーションであった。
てんぷら、特に野菜のかき揚げは、”シェフ”西田が絶品の揚げ具合。また、例年どおり殻付カキの蒸し焼きがシンプルで、うまい。ここで、料理法を復習すると、次のようになる。中華鍋に水を少し入れて、殻付カキの上下を間違えないように置き、強火で蒸す。少し殻の口が開いたら取り出して、こじ開ける。この時、殻が熱いので注意すること。また、殻の中の熱い汁をこぼさず、飲むのがコツ。この汁に海の幸を感じる。創造主に感謝の乾杯!を忘れずに。
なんやかんやで、夜は更けて、ビールも少なくなり、遠くに見える風呂に人影も途絶えた頃には、すでに寝ている人もでてきた。大満足の内にパーティーもお開きとなり、心地よい眠りに・・・ それでは、お休みなさ〜い。
4.10月6日(日) <常滑・鬼崎へ帰路>
晴天。まずは、朝風呂に入る。なんという贅沢だ。
朝食は、トースト、サラダ、コンソメ・スープ、具だくさんのスパニッシュオムレツ、コーヒー、牛乳など。
例年どおりなら、北西の風に翻弄されながら鬼崎への帰途につくことになるが、今年は風も波もない穏やかな航海となった。小春日和を楽しみながら昼食は、ベーコンとネギの焼きうどん、シーチキンサラダなど。
5.毎回クルージングから帰り、この原稿を書いていると、次回はもっと遠くに行ってみたいとか、今度のメニューはどうしようかと思ったりしながらワープロの画面上で二度目の航海(「後悔」の変換ミスではない)を楽しむことにしている。ゴルフも、コースに出る前夜に理想的なスコアで回るシュミレーション・プレイをし、当日、実際のコースで惨めなスコアでプレイをし、帰ってきてからタラレバ(あそこでこうだっタラ、こうなレバ)でもう一度言い訳のプレイと、3回プレイをするそうだ。
いずれにしても、どんなに後悔するほどの荒海を航海しても、鳥羽、本浦の牡蛎の魅力には勝てない。
来年も懲りない酔人(ヨットマン)達がまたぞろ集まるだろう。次回もまた乞うご期待。