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水道局  小島克生  

 今年も恒例の伊勢湾クルージングが行なわれ、この時期避けがたい北西の強風と荒波を乗り越え、何を食べ、何を飲んだか(何を吐いたかは割愛)を中心に、「粋狂人の群れ」の真実の姿を(知りたくないかもしれないが・・・)ここに報告する。

1. 例年どおり、よく懲りもせず集まった参加者は、次のとおりであった。
 久しぶりの早瀬部長、ゼロハン・バイクで駆けつけた”月光仮面”川浪、今年こそは人数分の魚を釣ろうと固い決意の”太公望”深谷、毎年毎回船酔いに苦しむ”撒き餌の達人”渡辺(満)、今年こそは深谷ペースに巻き込まれず、飲み過ぎないぞと一応決意の”反省の達人”吉岡、毎回地獄の苦しみの原因を作っている”必殺料理人”小島。
 さて、問題はペラ磨きの達人”カーペンター”水野で、出帆前の艇の整備を全てやり終えて、さあ出帆前宴会というところで、以前から不調だった胃腸が痛くてたまらず、急きょ帰宅してしまった。(後でわかることであるが、それは賢明な判断であった)

2.10月22日(金) 夕方、艇整備後、これまた例年どおりの出帆前宴会。
 今夜は、あれこれ作らず、おでんをメインに、サラダと酒のつまみ。さらに、午後から精力的に釣りにいそしんだ深谷太公望の、なんと人差し指大の大魚の煮付けも、テーブル中央にデーンと鎮座(もちろん、美味の魚は大鍋の底深く、食べられるのを避けるように姿を隠していたが・・・)。
 ビールは、円高差益還元のバドワイザー、ハイネケンに、水野さん指定のワインは甲州ぶどう100%の限定醸造もの、早瀬部長持参の超高級スコッチ・ウィスキーに美州備え付け”医薬品”の各種ウィスキー・バーボン・日本酒・焼酎等など。
 メインのおでんの中身を見ると、定番の大根、はんぺい、つみれ、揚出し豆腐、ごぼう巻き、コンニャク、ウインナ、ゆで玉子、さらにシュウマイ、ブロッコリー、タコ等など。袋物としては、うずらの玉子、シイタケ、鳥肉、銀杏、えのきだけ、もやし、きざみコンブ等を油揚げに詰めて、その口は、つま楊枝でなくスパゲティーで留めるのが小島流。おでんの残汁にうどんの玉を入れて仕上げとする。
 サラダは、帆立貝と大根のサラダ、グリーンリーフと鳥ささみの酒蒸し。
 さて、例年どおり、酒が進むにつれ、夜が更けるにつれ、深谷太公望の常套句「まぁ〜、ええがねェ〜、明日は明日の風が吹くがネー、うみゃ〜酒があるでよー」と、そのペースに乗って、渡辺・吉岡両名の酒杯がさらに重なることになる。こうなると、過去3年の例に漏れず、翌日からは悪夢のような船酔いが襲い、”撒き餌の達人3人衆”の揃いぶみとなるはずだった。だが、今年は少し違っていた。渡辺氏は、出帆前宴会の難を避けて、賢明にも翌朝早く鬼崎に来ることにし、深谷・吉岡両氏も互いに牽制して、いつもより早く切り上げて、出帆前宴会がお開きとなった。

3.10月23日(土) 前夜の風もおさまり、静かな朝であった。
 朝食は、バターロールパンとコーヒー。海苔そだが沖まで海面を覆っている中、細い水路を沖にやっとの思いで出てから、機帆走。早瀬部長は「いい風が吹いてるから」と本船航路までは帆走。本船航路を越えてから、次第に風が強くなり、桃取水道まではまさに激走。初日から海は荒れ模様だが、美味のカキの魅力に引き寄せられ、「美州」は 鳥羽湾に入った。
 いつもはここで、風上に船首を向けて、セールを降ろし、機走で鳥羽の島々や漁船・観光船をかきわけ、おいしいカキが待つ目的地の今浦まで行くのだが、早瀬部長は「ジャイブ」。一瞬みんな、ポカーン!?「せっかくの風だから、このまま、しばらく帆走で」。「・・・・・」

 カキのいかだが、例年どおり所狭しと海面を覆い、まるで障害物レースをするかのように「美州」は、今浦の湾の奥深く進んでいった。すでに時刻は午後1時をまわっていた。定宿の民宿「銀鱗」の桟橋に着くまでの間、サンドイッチ(フランスパン、グリーン・リーフ、トマト、チーズ、ハム、ゆで卵など)を作り、なんとか遅目の昼食をとることができた。

 さっそく、深谷太公望は、今夜のカキ・パーティーのメイン・ディシュのひとつを求め、釣り糸を垂らした。しかし、その成果は「あかんわぁ〜、水が冷たゃぁせぇか、魚がおれせんわ〜」ということでした。きっと、バブルが弾けた、否、冷夏のせいでしょうと、慰める前に、実は、魚のてんぷらの準備をやめていた。やはり、魚はいつものように「銀鱗」の親父にまかせて、刺身の盛り合わせを頼むことにした。
 カキは、むきガキと殻付カキをそれぞれ頼んだ。まず、カキフライの準備をしたが、数も多く、結構めんどうで、キャビンの中で揚げたら最後、油がこもって、気持ちが悪くなり、揚げた人は絶対カキフライは食べられない。揚げたてを食べたいから、外のコクピットで揚げながら食べることにした。
 殻付カキは、いつものように蒸し焼き。これが一番シンプルで、うまい。中華鍋に、水を少し入れて、殻付カキの上下を間違えないように置き、強火で蒸す。少し殻の口が開いたら、取り出して、こじ開ける。この時、殻の中の熱い汁をこぼさず、飲むのがコツ。この汁に海の幸を感じる。創造主に感謝の乾杯
 カキフライの他に、カボチャのうす切り揚げ、サラダ、松茸ご飯、わかめスープ。刺身の盛りあわせはメインが鯛で、残った鯛のかぶとや中落ちを裸火であぶって身を食べることにしたが、来年は潮汁にするか、松茸ご飯の代わりにかき雑炊に使うのもいいかも。ところで、雑炊は西洋風に言うと、リゾットと言うらしいが、去年のように若い女性が参加したら、来年は「地中海風カキのリゾット・ラ・イマウラ」とでも名付けて出すことにしよう。
 中華風なら「カキと厚揚げのオイスターソース炒め」も結構簡単で、いけると思うので、次回に取っておこうと思う。あれこれ思いをめぐらすうちに、夜は更けた。今夜は風が強い。明日が思いやられる・・・

4.10月24日(日) 前夜の風は止まず、いやな予感がする。
 朝食は、トースト、サラダと前夜の松茸ご飯、ゆで卵、うどんというやや変わったものになった。
 どうせ、今日は船上では食べれないし、後は海に撒くだけだから、しっかり食べてもらった。「マーフィーの法則」風にいうと、予想とは予想する通り当たるもので、風は ますます強くなった。桃取水道を通過してから、一旦、二見ヶ浦の沖を松阪方面に船首を向け、ワンタックで鬼崎を目指すことにした。二見ヶ浦の裏山にギンギラギンの伊勢戦国村の天守閣(安土城を模したという?)が、木の葉のように荒波に翻弄される小舟を嘲笑うかのように輝いていた。
 天気は晴時々曇り。波高は1m〜2m程で、北西の風で、風速10m、ブローではもっとあったはず。まるで雨の中をジェットコースターに乗っているようなもので、船首が波にあおられる度に、ドドドーン、ダブーンと船上に波が押し寄せて、全身びしょぬれ状態。海水が意外に暖かく感じられるほど。
 3GMの強力エンジンのおかげで、なんとか、午後3時過ぎに鬼崎沖に着くことができたが、海苔そだがいっぱいで港へはどこからアプローチして良いか、波をかぶり目が痛くて開けていられないほどで、船首でワッチするのも必死の覚悟。メインセールを畳むのも、大きく揺れる中での作業で思うようにいかず、大変であった。
 人間、必死状態のときは、どんなに揺れても船酔いする余裕すらないもので、ヨットを走らすことに何らかの形で、それぞれ主体的に係わっていれば、「水鏡」状態、「撒餌」状態に陥らないのでは? もちろんその前に体調を整えておくことは必要であるが。
 鬼崎に着いたら、遅めの昼食として、ラーメンをと用意していたが、今の季節は日が暮れるのが早いので、セール等の後かたずけなど艇の整備を優先し、結局、全てを終え暗くなってから、残っていたパンなど済ますこととなった。

 近鉄特急で行くより倍以上の時間がかかり、しかもずぶ濡れで大変な航海だから余計に、カキもそれだけ美味しいということだろう。カキは英語でRの付く月に食べられるといわれており、つまり9月から4月までだから、必然的に北西の風が強い季節となりカキと荒海での航海は切り離せないことになる。いつまで経っても、この季節、伊勢湾で狂う人の群れは尽きないということである。
 必殺料理人としては、他人の好き嫌いに関係なく、自分が好きなものを勝手に作ることに撤しているので、今後とも文句を言わずに、素直に食べ、飲み、そしてできるだけ吐かずにすむことを願っております。ハイ。


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