

テニスにも本腰をいれた頃は"土曜日テニス,日曜日ヨット,ウチヘはメシと寝に帰るだけ"のペースをきっちり守っていました.
愚妻が近所の奥さんから「母子家庭みたいネ」と言われたそうですが,全く気にもせず.
(互いのツラァ結婚の時点で既に見飽きているし,これから先あと何年つき合わされるのかわからないのに,いつも一緒の顔突き合わせでは耐えられません.忘れない程度で十分デス.家庭サービスなんて・・・)

この頃は大学の教員公舎に住んでいましたが,ある日ヨットから帰ってくると草ぼうぼうだった庭がきれいになっていました.
長男の勝一:SHOが少し大きくなってからはヨットハーバーへ一緒に来て,小生が海へ出ている間は自由行動ということが多くなりました.
この頃,いつもSHOと二人で朝食前の散歩をしていました.
「ご苦労,ご苦労,イャ〜やらないかんとは思とったんヤ.いっぺんにやらんでも良かったんに」.
「私じゃない,私は朝からいなかったし帰ってきたらこんなになってた」,「エェッ!?そいじゃ誰が?」
後になって,近所のご隠居さんが見かねて草むしり,掃除をやってくれたことがわかり,あわてて菓子折り持ってお礼参上ご挨拶.
その後は少しずつやらざるをえなくなりました.
が,K子チャンから「ハーバーまで連れてくることが川浪サンの家庭サービス?」となんやら非難めいた調子のお言葉.

ハイ,そうですヨ.行き帰りは私メが運転手のドライブ,あとはじゃま者の父ちゃん抜きで竹島の水族館や公園,潮干狩り,海岸で水遊びと母子水入らずで何でもかんでも自由気まま,互いに束縛しない方針なのでどちらからも不平・不満など出るわけありまへん.
Fig.'84/8/26
【水野氏自作ヨット進水式】
"飛龍"と立派すぎる名前のついたOP(Optimist=入門者向きの一人乗りディンギー).
要した製作日数=早朝&夜間の突貫作業(+役所じゃ設計図とにらめっこ?)で40日間,製作費用=工具類2.4万円含みで11万円也,とのことデス.
大人二人乗りには少々無理があるこの"飛龍"に水野オーナーと寝っ転がるような格好で乗っていたところ,陸上監視が沈みかかっていると見て,レスキュー艇がぶっ飛んできました.ハーバー管理人のオッチャンがのぞき込んで,「なんだ〜オマエらか」
しかし,雨の日以外の毎朝8時過ぎまで,皆さん背広姿の出勤風景の中で二人ともトレーニングウェアに毛のはえたような格好でフラフラしているので,ご近所さんの間には”あそこはネェ堅気のお勤めじゃないようヨ”という噂もあって,本当と思っておられた方もいらしたようで・・・
泣くこともあまりなかったので,定期点検(○才児検診というお母様もいらっしゃるようです)で保健婦さんから自閉症の疑いがあると脅されたことも・・・
いろんな所で何度も迷子になり,その度に迷子係りのオネエサンとご機嫌で遊んでいました.(これじゃぁ知恵足らずの迷子じゃなくて,新鮮味を失ったたれパイおっ母からの意図的脱走?)
自分の名前を「か〜みちょ〜ち」としか言えなかったので,聞き違えたオネエサンから「このみチャン」と呼ばれていたことも.「え〜?男の子ですかぁ?」(ウン,ちゃんとついてるヨ,見せたろぅか).本人は「このみチャン」でもニッコニコ.帰りも「バイバーイ」,さすがに「またネ〜」とは・・・
かなり大きくなってからもサシスセソが全てタチツテトとなる幼児言葉で,自分のことも「ボク,ちょークン」,「ン?日本人か?キミは」.
他にも,ありがとぅは"あっとー",すず虫は"すむむし"となるし・・・

お迎えバスを待って「まだかなぁ,まだかなぁ」とうるさいので「そんな待ちきれんなら,キミが幼稚園までバスを迎えに行ってこいヨ.早くバス出してって先生に頼んでみんなを迎えに回ればいいガヤ」
愚妻は「こんなに喜んでいるんだから幼稚園って安いネ〜」
「なにが安いもんか,オレの遊興費は削られっ放しやないか」
「昼間は幼稚園に任せておけばいいんだから,JUN(次男:淳一)も幼稚園行ったら薬剤師の仕事にカムバックしようかナ〜」
「それは許さん,オレにも九州おとこのメンツってもんがある」
こういう時,愚妻は「アンタの給料が安いから」とは絶対言いません.それを言っちゃぁおしまいヨで「離婚じゃ〜」と一気に突き進み,人並みの幸せも失うことがわかっているから.
その後,小生に家事手伝いの負担は一切求めないという条件で勤め始めました
しかし間もなく,この条件はなしくずしにされてしまい・・・
「ゴミ出し〜?トノに向かって何言い出すんヤ,正気か,バ〜ロ〜」
「洗濯モンの取り込み〜?ふざけんな,男のやることか,オレはそんな教育受けてないっ」
果てには食事の後始末などという信じ難い要求までも・・・
「皿洗い〜?無茶言うな,やれると思うか?自分の顔洗うのも面倒な人間に」
「大体ナ〜お前,結婚してもらったという感謝の気持ちが最近薄れとるゾ」
しかし,この必死の防戦,抵抗もいつまで続くか自信なくなってきました.
記:Nov.-1996