"名古屋市職員厚生会"に所属するクラブで,現在は愛知県連も飛び出して日本ヨット協会ルール委員長としてその方面ではちと知られた柴沼克己氏(本職?港区役所ボランティア部ヨット課の頭と伺っております)らを中心として昭和47年に創立されました.
 当時より県営蒲郡ヨットハーバーを活動拠点としてきましたが,平成6年に名古屋港へ移動して現在は名港四号地・ヨットトレーニングセンターを基地としています.
 Fig.かつてのエース艇"23471"---'79年購入
 このセールナンバー23471は「234位はないっ」つまり常にトップを走るべく運命づけられた縁起の良い番号と進水時より言い伝えられてきました.が,実際には5位以下をテレテレついていくシーンが多かったような・・・

 学生時代からの経験者というのは少なく,役所に入ってからヨットを始めた者がほとんど占める部員は総勢約30名.「全員集合」の一声で即集まる頭数は10数名というそれほど大きくないクラブですが,中部だけでなく全日本自治体職員ヨット連盟でもそれなりに名の知られた存在です.(とは言ってもヨット部を有する都府県庁,役所はそう多くないので,全国でもそれほど大きな組織ではありません.)

 しかし近頃は,皆さんクラブ活動よりもこじんまりした自由な雰囲気の同好会に惹かれるようで,どこのクラブでもフレッシュな新人部員の不足が悩みの種となっています.我が部も例外ではなく,ここ数年その活動が衰退気味です.
 これは社会人に限らず小生が勤める市立大学や他大学でも同様の傾向で,さらにクラブや同好会等の集団活動にはほとんど興味を示さない学生も増えているようです.クラブ活動のない学生生活なんてぬくとい*うえにアルコール抜きのビールみたいなモンと思うんですけどネェ・・・(そんなもん,飲めぇへんて)
  * 名古屋弁で温かいの意.温めるは"ぬくとめる"となる.
 仕事と家事,育児のぉ手伝いに追われ休みはゴロゴロなんてぇのもそぅ変わらへんナァ・・・

 Fig.新艇進水−SailNo.26028'85/3/31
 自らの腕やキャリヤの不足を認識しない青少年半端連が,"古い木造艇ではレースに勝てない"と騒ぎだし,部員から浄財(?)をかき集めて購入.140万円也.
 一人だけ前でデカいツラしていらっしゃる柴沼先輩は,ドカンと気前の良いところ見せてくれた,というわけでもありません.

 デビュー以来10年以上経て純白だったハルも色あせ,さすがに他クラブからレース出場時借用依頼の声もかからなくなりました.そして,隠しようのないしみやキズ修正のあともところどころ・・・
 But,我が部に於いてはいまだに"新艇"とか"ニューチャバ"と呼ばれるエース艇です.



記:Apr.-1997
 
 

 ところで,我が部も本年−2002年は創部30周年を迎え,秋のシーズンオフには盛大な記念パーティも予定されています.
 その時は例によって「艇の数が足らずに練習に不自由するくらい,名古屋港でまたやったろ〜ぜ」,「エサまいて一本釣りより"脅し,すかし,たらし込み"でゴソっと引きずり込んだろう」というような”ホンの数発打ち上げ花火,夢いっぱいのホラばっか”の話で大いに盛り上がることでしょう.
(夢?ホラ?イェイェ,部発足時からの古顔面々は"本気の本音,やったるぞ"と熱く燃えます.たとえ若い衆が冷めた目で眺めていようとも)


 現 ・ 部 役 員
部長 山田 雅雄  会計 山田 直毅 
  副部長   小島 克生  名古屋港幹事  川浪 憲一 
総 務 加藤 国昭  指導普及委員  間 宏司
監 督 鈴木 敏夫  吉岡 敬
主 将 有馬 光秀  堀田 和政
 副主将 佐藤 彰洋   
 協会,県連 役職
日本ヨット協会理事 柴沼 克己 
愛知県連理事長 森 信和 
愛知県連理事 加藤 国昭 
県連プロテスト委員長 水野 秀輝 

現 ・ 部 所 有 艇
スナイプ  26028   昭和60年3月購入
スナイプ  23471   昭和54年3月購入
スナイプ  15850   昭和49年アイシン精機ヨット部より購入 
 シーホッパー  532  昭和61年小島氏より寄付
 シーマーチン  2511  平成14年鈴木氏より寄付


2003年10月 中日新聞に我が部の紹介記事が掲載されました。