伊勢湾クルージングは名古屋市役所ヨット部,毎年秋の恒例行事です.
かき料理を楽しむというのが一つの目的というよりメインなのですが,時には新入部員や部員が連れてきた友人で,さぁ食おぅかという段階になって,「エ〜かきばっか!ボクかき苦手なんですョ」などとアホなことを言いだし,カキづくしの食卓に背を向けて一人淋しくカップラーメンをすすってるというようなドジもいます.
'80年が小生にとっては初めてでしたが,それからほぼ毎年参加しています.
しかし,クルージングは次のような苦しい体験を強いられることもあり,一度で懲りてしまって二度と参加しないという若手も少なくありません.
12〜14 Oct. 鬼崎〜鳥羽本浦〜鬼崎
びしょ濡れでえろぅ寒かったのは準備が悪いという心がけの問題でありますが,風邪をひくこともなかったのはマァさいわいでした.
[1]ルナW−30feet
[2]Good TimingU−27feet
[3]漣−30feet 蒲郡・三谷ハーバーより,鳥羽で合流
計22名参加(内,"地獄の帰り"だけの不運な参加者=6名)
今回のクルージングは風が良すぎて,寒さと悪酔いに苦しめられた辛くて長い後悔,じゃなかった航海でした.
いつものようにデッキ上でドベーと昼寝しているうちに"アレッ,こんなに走ったんか"というようなことは全くなく,早瀬艦長の指令がある時動くだけで,それ以外は身を縮こめてただひたすら"早く着かんかな〜"の思いでした.
しかし,この中でも柴沼の兄ィは艇が大きくヒールしても一人ホイホイと動き回り,さすがに学生時代からのキャリアはダテじゃないと,尊敬の眼差しを一身に集めていました.あれ位でビビッていては"小町"のようなガタのきた小舟なんか乗れないのだと,納得した次第です.(名工大ヨット部じゃぁちったぁ知られたOBヨゥ,スジ金入りやド,まぁだまだ電蝕も錆もあらへんワイ)
照夫クンは例によって,大きな声でくだらん話しをのべつまくなしという調子でした.---酔うのは酒にだけという鈍な人間はいいですネェ
ゲストの女性二人ともタックの時,座る場所をのろのろ移動するだけであとは押し黙ってじっとしていました.写真やTVに出てくる"青い海と空のもとで優雅なセーリング"の予想が完全に外れて,ただ失望と後悔の思いだったのでしょう.
後の「"もう二度と・・・"と,ホントに思った」との弁も無理ないけど,誘ったボクを恨まんといてください,"自然が相手,お天気まかせのケセラセラ"の遊びなんですから.
やっとの思いの鬼崎帰港もかなり遅い時間となり,艇の後始末を終え暗くなった鬼崎港で最後に艦長を乗せてテンダーでルナを離れる時は,自分も"なんでこんなしんどい思いしてまで遊ばないかんのヤ,あほらしゅぅなってきた,クルージングなんかもう行かんとこう"というのが正直な気持ちでした.
ただ,痛い思いの打撲傷二件(全治3日)
額---ブームと衝突(ブームパンチ喰らったのではなく
勝手にぶつけるという単純なドジ)
腰---引っ張っていたロープがぶっちぎれて転倒.
記:Nov.-1984