入試本番前にして火花を散らす場外バトル
高3になって何を思ったか急に「医学部にいく」と言い出した愚息2号は"親のフトコロ,子知らず"で,「名大は近すぎて面白ぅない」とか「スベリ止めにKO受ける」などと好き勝手ほざいて抵抗を続けました。
しかし,今でも過大住宅ローンと金食い虫の愚息1号のため安サラリーでアップアップ耐乏生活の我が家では「わかった,おまえの人生やからナ好きにせい」と物わかりのいいことなど言えるはずもなく,「け〜お〜?! * 正気か,おまえは! 堅気の公務員にATM強盗**やらす気か
ねらいが医学部なら矢は一本しかないっ! 的は国立,外さんよぅ近いとこにしとけ」・・・ あとは脅し,すかし,そして最後は奥の手−泣き落とし・・・
願書出す段になっても「名大の傾向と対策なんてなんもやっとらん,模試も受けたことない」とゴネるのを,「まだ一月ある すぐにやれ」と過去問の赤本探しに本屋へと走るドタバタ劇。
* 子供のいない妹が「いぃじゃない KOでも,ウチで出してあげるから。そしてウチの子にちょうだい」なんて余計な口出ししてくれるし・・・ 「バ〜ロ〜 ハムスターの子とちゃうゾ
」。
元帝国海軍中尉のぉじいチャンからは「こんな直前まで話し合ってないってのがおかしい
」と,ど叱られました。--- ハァ無責任無関心無計画のいぃコロかげんなテテ親で・・・
1,2月は家族の誰かがどこかで怒りまくっている毎日でした。

コップの中の大嵐〜
** (近頃は少々荒っぼい金稼ぎにも利用される)ユンボ=土木工事等に使われるパワーショベルのこと。学生時代に取得した大型免許でダンプやデカバイクの運転は以前から可能でしたが,昨年は小学校から長〜いぉ付き合いのご悪友にユンボの運転を教えていただきました。現在のぉ仕事にはそれほど役に立たないかもしれませんが,リタイヤ後のシルバーボランティアではいけるかも・・・ 今度は戦車の運転おぼえたいなぁ,息子二人を防衛大に入れたヨット仲間に頼んでみょ〜
この攻防戦で当然親父方につくはずの愚妻は寝返って息子方につきました。
積年の恨みつらみをぶつけるように,「大体,アンタが自己チューすぎる! 車とかヨットにしても勝手に決めてくるし,この家だって無理があるって私は言ったのに"金は天下の回りモノ"なんて言って・・・ ウチには子供が二人いることわかってたでしょっ! 二人とも急に大学行くって言い出したわけじゃないんだからネ
」。 --- ハァおっしゃる通りです。返す言葉もありまへん。
カミさん参戦後は堂々巡りの論戦が一気にヒートアップして,親子断絶どころか家庭崩壊をも招きかねない非常事態に・・・
合格発表当日のぉ昼休み,テニス仲間が「どうだった?」と声をかけてきました。「サァ,結果は出とるはずやけど誰も見に行ってへんもんで。インターネットの発表もないし」。「エッ! すぐ近くやろぅ?」,「ゥン,近すぎるのょ」。
その頃,ぉじいチャンはイラついて「ボクが見てくるっ」。「受験番号が並んでるだけだからわかんないョ」。
そしてぉばあチャンはTVのローカルニュースで発表風景のバンザイシーンが流れた後もなんの音沙汰もないので「こりゃダメだったワ」と早々にあきらめてしまいました。が・・・
"仕送り二人となるとぉ小遣い大幅カット"で,晩酌のビールもどきが"=>ソ茶=>水",さらに"ヨット引退"も一時は覚悟した親父でしたが,なんとか両方とも免れてホッと一安心。対して,名古屋脱出に失敗した息子は「よぅやった」の声にも無言の仏頂面・・・
カミさんは親戚や友人からの「おめでとぅ」コールにニコニコ−三角だったぉ目メも丸くなり,親父はこんな時くらい本物ビールの一人祝杯でニタニタ,しかし当の愚息は依然として不機嫌に押し黙り,合格通知を受け取った後の我が家はしばらく妙〜な雰囲気でした。
まぁ,新幹線通学だっているという中学+高校へ
チャリンコ通学15分,そのうえ大学6年間はもっと近いっていうんじゃ,"どこか遠くへ"となる気持ちもわからんではないけど・・・
(But, 愚妻:「♪遠くへ行きたい♪じゃなくてアンタと離れたいのョ」。--- ゥン当たってるかも)
ただ,この便利なぉ住まいが災いして親父は,校友会(学生のクラブ・サークル活動や就職活動を支援する父兄会)の役員を引き受けさせられることとなりました。そして最近は,遊び仲間からの呼び名も"パソコン便利屋"とか"借金王のケンちゃん"から"名大のPTA副会長"に変わっています。
(まいったナ〜子供会とか父母会なんてもんはこれまでぜ〜んぶカミさん任せだったんやけど・・・)
今では愚息もふっ切れたようで,親父からの入学祝い=
ママチャリ新車で通学して昔の夢*を追い求めるかのように弱小野球部で練習に明け暮れています。カミさんは「医学部に入ったのか野球部に入ったのかわからない」とこぼし,「あの熱意の半分でも勉強に向けてくれたら」と嘆いていますが,まぁしかたないな〜親父だって今でも貧乏ヨット部の現役部員なんやから。
* 夢のまた夢・・・中学ぉ受験の小学生時代,「ボクは東海の野球部に入って高校になったら甲子園に行くんだ」と張り切っていました。「よ〜し,その時はバス貸し切りで悪友愚友に一族郎党ぜ〜んぶ引き連れて応援に行くゾ,入場行進の時ぉ父さん涙がちょちょびれるかもしれんナァ,♪く〜もはわき〜光あふれてチャカチャン♪」